広告・マーケティング分野での採用は拡大の一途
人材派遣大手 Robert Half の子会社である The Creative Group が2018年12月に発表した調査によると、アメリカの中堅企業(従業員100名以上の企業もしくは20名以上の広告代理店)の採用責任者の60%が、2019年の上半期に広告・マーケティングチームを拡大する計画を立てているとのこと。
参考:
6 In 10 Companies Plan To Expand Creative Teams In First Half Of 2019, Survey Finds - Dec 11, 2018
上記はマーケットサイズが(今や)日本の10倍近いアメリカの調査ではあるものの、転職市場での求人倍率やスキルマッチングに苦しんでいるという意味では洋の東西にそれほど事情の差はないはずです。
そこで、この調査スライドをざっと斜め読みすることで、2019年の広告・マーケティング分野の採用環境を大づかみしてみたいと思います。
売り手市場は継続か。人材の定着に課題も、柔軟な雇用で対処
調査スライドの要点をまとめると、以下です。
・回答企業の60%は、2019年前半にチームに新しい役職を追加する予定で、残り37%が空席の役職を埋めたいと回答、予定なしは3%のみ
・56%が、2019年前半にフリーランサーをスタッフとして雇用する数を増やす予定
・ウェブ/モバイル開発、制作、およびユーザーエクスペリエンスの順にニーズが多い
・92%が、熟練したマーケティングや広告の人材を見つけるのは難しいと回答
・78%が、今後1年以内に優秀なスタッフの離職を懸念している
・優秀な人材を採用する上での障壁は、1位「自社の採用の意思決定スピードが遅い」、2位「報酬要件を満たすことができない」
・クリエイティブ系の人材にとって、給与以外で最も魅力を感じる項目は、「柔軟な勤務スケジュール」
・募集職種への応募を評価する際のポイントは、「過去の経歴」「ポートフォリオ」「面接の結果」
・応募を見送る際の一番の要因は、「頻繁な転職」
大づかみ1:クリエイティブ人材の台頭
調査スライドを作成したのが Robert Half グループの中でもクリエイティブ人材に強みを持つ The Creative Group というバイアスを考慮する必要はありますが、オープンポジションの上位は開発・制作系が占めています。昨今のマーケティング業務のインハウス化にともなって、結果であるデータを見る環境は整ってきたものの、入口である開発や制作との連動が課題としてあるようです。代理店や外部の制作会社への外注ではなく、フリーランサーをチームに雇い入れるという企業が増えているのも、スキルギャップが起きやすく、採用ハードルも高い開発・制作分野にニーズが集中していることの裏返しになっています。
The Creative Group のエクゼクティブディレクター Diane Domeyer は、「フルタイムのスタッフを採用するだけでなく、繁忙期にリソースを加え、チームのスキルギャップを埋めつつ、異なる人材市場に継続的にアクセスするためにフリーランサーを雇うケースが増えている」とコメントしています。
大づかみ2:「柔軟性」がキーワード
「92%が、熟練したマーケティングや広告の人材を見つけるのは難しいと回答」という結果を見るまでもなく、世界的に優秀な人材を採用するのが難しい状況が続いています。そういった状況への対応策として、「柔軟性」が共通のキーワードとして浮かび上がってきているのは注目に値します。雇用する側では、募集〜採用までの意思決定スピードが重要視されています。これは、優秀な人材ほど長い採用プロセスの間に他の内定企業に移る可能性が高く、厳格なプロセス管理と動的な雇用状況の変化の板挟みになっている採用担当者が多いことを示唆しています。また、売り手市場によって報酬要件が引き上がり、自社の職位や給与テーブルを越えた提示がしにくい企業ほど採用に苦しんでいる様子も伺えます。
なお、「報酬」は英語だと「Compensation」ですが、これは必ずしも給与(Salary)だけを指すものではなく、近年では「Total Compensation(総合的な報酬)」 として、福利厚生、就業環境、休暇やワークロード、企業文化など、給与以外の様々な要素も含めた統合的な概念として報酬そのものを捉えるようになってきています。実際、この調査でも、「柔軟な勤務スケジュール」を魅力的だと回答する応募者の割合が最多(32%)となっており、次いで休暇や休暇についてのポリシーを重要視するという意見が占めています(21%)。
「Total Compensation(総合的な報酬)」という言語化に頼らずとも、労働環境や給与水準等のアップを求めて、日本でも同様の動きは既に起こっています。以下は厚生労働省が2018年3月に公表した転職市場動向からの抜粋ですが、リーマンショック以降、中小企業から大企業への転職が急激に増えていることが伺えます。様々なタイミングが絡み合った結果ではありますが、給与水準のみならず、福利厚生や労働環境の改善を求めて大企業へ移る人が増えているのは間違いなさそうです。
ちなみに、日本企業以上に学歴偏重だったアメリカの大手企業ですが、2015年にGoogleが「学歴は関係ない」と公に語ったように、今回の調査でも、大学の学位よりも関連する認定資格を持つ人材を優先したいという回答者が増えています(74%)。
プロセスだけではなく、採用方針にも柔軟性が求められていると言えるでしょう。
大づかみ3:動きたい従業員、留めたい企業
日本と比較して転職がカジュアルに根付いていると思われがちなアメリカですが、アンケートの回答だけを見るとそうとも言えない現実が浮かび上がってきます。採用責任者の25%は、職務経歴書からジョブホッパーだと判断した場合、応募者を対象から外すだろうと回答しています。ジョブホッパーが避けられている背景には、企業が想像以上に人材の保持に苦労しているという事実が挙げられるでしょう。アンケートでも、企業の78%は、今後1年以内に優秀なスタッフの転職を懸念しています。
McKinseyが2002年に▶『The War for Talent』(人材育成競争)を発売してからずいぶんと時間が経ちましたが、そこに記載されている状況は、変わらないどころかむしろ当時以上に鮮明な経営課題となっているように思えます。
Diane Domeyer は「アメリカの失業率は1969年以来最低水準であり、企業は自社の採用に非常に苦労しています」「現在の採用環境では、効率的な採用プロセス、競争力のある報酬、強力な組織文化が不可欠です」とコメントしていますが、「競争力のある報酬」や「強力な組織文化」は、採用プロセスの見直しと併せて、優秀な人材の採用と保持のための基本的なコンセプトとして当時から『The War for Talent』にも記載されています。
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2019年は、これまで以上に働き方の多様性が認められ、かつ転職が容易な環境の中で、企業と労働者、それぞれに多くの選択肢がある状態が続きそうです。
企業はどのように人材を育成していくのか、労働者はどのように自身のキャリアを形成していくのか、短期的な損得だけではなく、中長期の視点、あるいは哲学のようなものが求められているのかもしれません。
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