プログラマティックに関する初めての専門レポート
2015年7月21日、米IAB(Interactive Advertising Bureau)はPwCと共同で、「IAB Programmatic Revenue Report」を発表しました。このレポートは、IABが定期的に出しているインターネット広告関連の調査のうち、「プログラマティック」と呼ばれる、バナーや動画などのここ数年で大きく取引量を伸ばしているディスプレイ広告の自動取引だけを切り出した初めてのまとまった資料になります。
リリース:
U.S. Programmatic Display Ad Revenues Totaled $10.1 Billion in 2014, According to First-Ever IAB Programmatic Revenue Report
ダウンロード(PDF):
http://www.iab.net/media/file/PwC_IAB_Programmatic_Study.pdf
※ちなみに検索連動型広告は十数年前からプログラマティック取引ですが、このレポートでは「Non-search internet / mobile ads」として、ディスプレイ広告のみにフォーカスしています
ここ数年でディスプレイ広告のプログラマティック取引は大きく成長しており、広告を出稿する広告主や代理店(Buy-side)と、広告枠を持つメディア(Sell-side)のプログラマティック取引への取り組みは年々急拡大しているものの、プレミアム在庫の少なさ(特に動画)や、Viewablity や Fraud などで語られる透明性の欠如が、ある意味その成長痛として指摘されていることも事実です。
このレポートは、2015年7月時点で、2014年末までのプログラマティックディスプレイ広告の状況を紐解いた資料として貴重です。以下で、資料の中で重要な部分を切り出して読み込んでみたいと思います。
3つのハイライト
2014年通年の米国プログラマティックディスプレイ広告費は101億ドル(約1兆2100億円)にのぼり、純広告なども含むディスプレイ広告全体の52%となり、米国ネット広告費全体でも20%を占めることになるようです。(ネット広告費全体は495億ドル:約5兆9400億円)※為替レートは1ドル120円として計算
"Programmatic revenues totaled $10.1 billion in 2014 comprising approximately 20% of total internet advertising revenues ($49.5 billion)1, inclusive of mobile and comprised a majority of display related revenues.
Programmatic revenues made up approximately 52% of display related advertising ($19.6 billion) in 20141, while non-programmatic display related revenues comprised the remaining 48%."
既に日本円で1兆円市場となっているプログラマティックディスプレイ市場ですが、そのほかにも以下の3つのハイライトが提示されています。
(1)取引形態:70%はオープンオークション制だったものの、今後は他の取引形態にシフトしていく可能性が高い
(2)フォーマット別:バナーが全体の8割を占めたものの、モバイルの伸長に伴って動画などの利用率が上がっている
(3)広告費のレベニューシェア(売上配分):広告枠を持つメディアが45%、プラットフォーマー等のアドテク企業が55%
(1)取引形態:
近年「オープンオークションからプライベートオークションへ」と呼ばれるプライベート化の機運が高まってきていますが、それを裏付けるように、現時点では狭義の RTB であるオープンオークションが70%を占めるものの、今後はプライベートオークション(招待制)やプリファードディール(余剰在庫の固定取引)、プログラマティックプレミアム(限りなく純広に近いRTB)の比率が増えていく傾向であると予測されています。オープンオークションは洋の東西を問わず以前より広告在庫の品質が問題視されており、それが Ad Fraud(広告詐欺)やViewability(広告の視認性)の問題と結びつき、大手のブランドの出稿を妨げていた要因だと言われていました。その解決策として、ブランド広告主とプレミアムメディアの利害が一致した広告取引のプライベート化が、業界全体のチャレンジだとみなされているようです。
(2)フォーマット別:
従来型のバナー広告が全フォーマットの8割を占めたものの、モバイルの伸長に伴って、動画などの比較的新しいフォーマットへ徐々にシフトしていくだろうと予想されています。Googleは決算発表で YouTube の伸長に必ず言及していますし、Facebookなどのソーシャルメディアも動画への投資を強烈に進めていますので、この流れには納得感がありますね。"Display banner ads made up approximately 80% of programmatic revenues in 2014, but we expect more advertisers and publishers will shift their budgets and inventory toward mobile and video formats over time."
(3)広告費のレベニューシェア(売上配分):
広告費全体を100とした場合に、広告枠を持つメディア(Publisher)が45、プラットフォーマー等のアドテク企業(Ad Tech)が55という比率になっているようです。ここで言うアドテク企業とは、広告配信のプラットフォームである DSP(Demand Side Platform)、広告配信や運用を行う機能であるトレーディングデスク(Agency / Trading Desks)、広告枠を束ねたアドネットワーク(Ad Network)、ターゲティングデータを提供する狭義の DMP(Data Management Platform)、広告配信をメディア側で制御してマネタイズするSSP(Supply Side Platform) などを指します。
メディアの売上配分の比率はプログラマティック広告の収益を語るときに欠かせない論点です。45:55という比率は、例えば広告主が CPM として200円払っていたとしてもメディアの RPM は100円を切るということになりますので、広告枠をつくり出すメディアの取り分が半分にも満たないことが、結果的にメディアがプログラマティック対応に消極的になりがちな要因だと言われています。
なお、プログラマティック枠の代表格である GDN(Google Display Network)は、メディア側から見ると Google AdSense という名称になりますが、この Google AdSense は以前より収益分配率を公開しており、広告費の 68% がメディア側に還元されています。中間プレイヤーを選択/圧縮しながらターゲティングの精度やメニューの拡充を図っていくかが、メディアの広告収益を考える上で重要な考え方だと言えるでしょう。
ディスプレイ広告のエコシステムと用語の解説
このレポートは、プログラマティック広告の現状調査という意味でも充分に価値がありますが、「プログラマティック」という文脈で語られるディスプレイ広告のエコシステムや、分かりにくい専門用語をしっかり定義付けしているという意味で、網羅性の高い資料だと言えます。
以下の図は、RTBの解説をするときには必ず出てくる関係図(一般的にはヨコで示されることが多い)ですが、非常に簡潔に図式化されています。
そして、上記の中でそれぞれ示されている「DSPs」や「Ad Exchanges」といった各プレイヤーの定義を、2ページにわたって解説しています。
例えば、この図の中で日本でなじみの薄い用語は「ATDs」ですが、これは Trading Desks / Agency Trading Desks(エージェンシートレーディングデスク)の略で、以下のように説明されています。
Trading Desks / Agency Trading Desks (ATDs)
"Trading desks, known for their programmatic trading expertise, play the day-to-day campaign management role. These trading entities can be independent or operate within an agency holding company.
ATDs are the trading arm (or trading entity) of agencies or holding companies. During 2014 this was the most common form of trading desks. ATDs, while leveraging their buying technology, can purchase programmatic digital inventory on ad networks, ad exchanges and SSPs. ATDs often charge a percentage of media spend averaging 5- 15%."
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トレーディングデスク / エージェンシートレーディングデスク(ATDs)
トレーディングデスクは、プログラマティックな取引に専門性を持ち、日々のキャンペーンマネジメントを担う役割として知られる。これらのトレーディング部門は、独立系もしくは広告代理店グループの一部として運営されている。
エージェンシートレーディングデスクは、広告代理店やそのグループのトレーディング部門のことで、2014年においてトレーディングデスクのもっとも一般的な形式である。エージェンシートレーディングデスクは、自らの購買技術を駆使して、アドネットワークやアドエクスチェンジ、SSPにあるデジタル広告在庫を買い付ける役割を担う。メディア費の5%〜15%程度を請求することが平均的。
この定義を読むと、ATD は別に特別な機関というわけではなく、日本で言えば単純に広告代理店内の運用部門を指すことが分かります。
「広告代理店」と一口に言っても、総合広告代理店やネット専業広告代理店など、得意分野や成り立ちに合わせて呼び名も得意分野も様々あります。また、ネット専業の中でも運用型に特化した部門ばかりがあるわけではないので、代理店内のトレーディング/運用部門を正確に表現するためにこの用語を使っていることが分かりますね。
上記の図のような、「ユーザーがメディアのURLをクリック/タップしてから実際に広告が配信されるまでの1秒未満で何が起こっているか」を示したチャートもあり、プログラマティック広告の辞書的な意味で非常に有用な説明がふんだんに盛り込まれています。
多様化する取引形態にも言及
オークションのプライベート化が進みつつある現状に合わせ、IABが2013年から定義しているオークションの取引形態の分類も改めて紹介されています。
上記の分類はこの資料でも詳述されていますが、IABと協働しているDAC/プラットフォーム・ワン社のサイトで日本語で詳細に解説されていますので、ぜひご覧ください。
リンク:プログラマティックと自動取引 -媒体社の視点から- | プラットフォーム・ワン
プログラマティック広告の今後
レポートの後半では、デバイスの多様化が進むにつれて、「モバイル」と「動画」のプログラマティック取引の重要性と課題に触れられています。
モバイルの成長は疑いの余地がなく、既にメインデバイスになっている現実がありますが、その現実にプロダクトが追いつくために、モバイルアプリへの広告配信や、デバイスを跨いでいるユーザーに対して広告配信を最適化するためのクロスデバイスターゲティングが今後の課題であると結論付けています。
動画も非常に注目を集めているフォーマットですが、アメリカでは特に動画のプレミアム在庫が不足していることが指摘されています。日本より動画のプレイヤーの選択肢が多いはずの海外でも動画在庫の枯渇は問題視されていますので、Facebook等のソーシャルの台頭もあり、動画の広告在庫をどのように確保すべきかは日本を含む他の国でも重要な問題になるのは間違いありません。
今後のプログラマティック広告が引き続き広告のスタンダードとして受け入れてもらうために必要な変化をまとめたものがリスト化されています。
1. プログラマティックをめぐる環境の標準化
→複雑すぎる環境を整え、定義を明確にすることで、混乱を最小限に抑制。
2.信用度の向上
→ビューアビリティや広告詐欺などにしっかり対応し、広告出稿側の信頼向上。
3.プレミアム広告在庫の増加
→動画を中心に枯渇するプレミアム広告在庫への対策。取引のプライベート化。
4.クロスデバイスターゲティングの進化
→モバイルに合わせたクロスデバイスの強化とプライバシーの両立。
5.品質向上とプログラマティック取引の価値向上
→プログラマティックを通じた広告在庫の販売の向上と認知。
6.メディア側の運用の向上
→広告枠をプログラマティック取引化することによる運用の概念の変化。
7.エコシステムの安定化
→様々な課題に対応し、ネット広告のレベニュードライバーとしての地位を確保。
レポートはこちらからダウンロード(PDF)できます。22ページと短いレポートですが、プログラマティック広告の入門資料としてまたとない良質なドキュメントですので、ぜひご確認下さい!
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