「State of AdOps」は、現在急速に伸びている運用型広告の成長を支え、実際の現場で価値をつくりだしている広告運用(AdOps)のスペシャリストたちに焦点を当てるインタビューシリーズです。広告運用の最前線にいる方々が感じていることを語って頂くことで、運用型広告の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。
第4回は、アドテクノロジーの分野で最も勢いがあるベンチャー企業のひとつであり、ビデオDSPのTubeMogul社との提携など先進的な取り組みを続けている株式会社オムニバスでアカウントストラテジストとして活躍されている矢野哲快(やの てつよし)さんに、運用広告の現在についてお伺いしました。
# インタビューは 2013年3月某日に行われました。
サッカーでいえば、リベロ的な立ち位置だと思います。
現在のお仕事内容と、どういった経緯で今の職種に就かれているのでしょうか?
現在はオムニバスでアカウントストラテジストをしています。アカウントストラテジストは、運用型広告の実施はもちろん、アクセス解析、アトリビューション分析含め、デジタル領域を中心に得られるすべてのデータを基に、クライアントのマーケティング課題の解決策を提案する仕事です。
オムニバスには、総合広告会社でストラテジックプランナーとアカウントプランナー、ネット専業代理店の営業を経て1年前の2012年に入社しました。アドテクノロジーの未来と、オムニバスの先進性に面白さを感じて入社を決めました。
オムニバスのアカウントストラテジストの特徴について教えてください。
アカウントストラテジストは、セールス(営業)に属しています。社内には営業に強い、分析に強いなど、様々な個性を持つメンバーが揃っていますが、私は全てが守備範囲なので、自分がフロントとしてクライアントを担当しますし、他の営業メンバーのプロジェクトもサポートします。サッカーで言えばリベロ的な立ち位置です。
会社としては、トレーディングデスクやネットワークを運用する媒体機能だけではなく、広告配信を実施する前に、広告配信を効果的にするための仕掛けや土台をつくる機能も提供しています。
例えば、アクセス解析が専門の企業さんは多くいらっしゃいますが、広告とアクセス解析を繋げて分析した上で提案できる会社は非常に少ないです。クライアントのサイトの状態を見て、広告をやるべきなのか、サイトの設計を変えるべきなのか、それ以外の施策をやるべきなのかなど、必ずしも広告だけに常に解を求めるのではなく、しっかりパフォーマンスが出るような、クライアントにとって最善の提案をするように心がけています。
もちろん実際にはいきなりアクセス解析のデータを見せて下さいとお願いしてもなかなか難しいので、例えばリターゲティングの実施や再設計を提案してパフォーマンスの上昇を実感して頂き、信用していただいた上でさらに効果を上げるためにアクセス解析のレポートをお預かりして分析する、という流れをとったりします。ディスプレイ広告に限らず、アクセス解析から考えられる流入施策の全体的な改善を提案することもあります。
ちなみに、アカウントストラテジストという職種の社員は私の上司を含めて2名のみなのですが、他のメンバーもみな専門性が高い仕事をしておりますので、職種に関わらず全社的に戦略的な提案をすることがオムニバスの姿勢として定着しています。
現在のお仕事の面白さ感じるのはどんな時でしょうか?
これは運用型広告に携わっている人はみなそうだと思うのですが、出てきたデータに対して「きっとこうなんじゃないか」という仮説を立て、実行した解決策が当たったときですね。同じように、効果が悪くなった際にデータを深く分析してその原因を発見できた時などもそうです。小さな幸せなんですけど、これに喜びを感じられないと、この仕事はつまらないかもしれません。
以前担当していたクライアントは、当初は自社運用をされていたのですが、「私に任せて下さい」とお願いしてアカウント構築から運用までを一任してもらったところ、最終的にクライアントの売上が5倍になり、任せて頂ける広告予算を3倍にしていただくことができました。
この仕事は小さな発見と改善の繰り返しがすべてです。それが結果的にクライアントの成果につながっていき、売上が上がり、評価される。面白さはそれに尽きますね。
一方で、リスティング広告をはじめとした運用型広告の現場は非常に大変で、離職率も高い職種だと言われています。
そうですね。広告の運用業務は軽視されがちですし、残念ながら面白さを知る前に辞めてしまう人も多いです。
リスティング広告のような運用型の広告は、管理画面に入らないと何が起きているのか分からないですよね。リスティング広告は何万社も利用しているプラットフォームですから、本当はそのデータの見方さえ理解できれば誰でもできるはずです。でも実際はそうなっていない。
なんでできないんだろうと考えると、いろいろなボトルネックが見えてきます。例えば、広告代理店の中で、アカウントのキャンペーンや広告グループのネーミングルールが個人によって違うという問題。各プラットフォームの基本的なルールは分かっていても、ネーミングやキャンペーンの構造がバラバラなので、どれが何を指しているのか分からない。分かったとしても探すのに時間がかかるといったような問題です。
他には、スキルの習熟についての問題も挙げられます。運用を行う人は非エンジニアで若い人が多いので、それまでエクセル等のトレーニングを積む機会がないケースが多く、データ集計ひとつとっても時間がかかったり、非効率な方法でガッツだけで突き進んでいるようなケースを見受けることがあります。地味ですが、悪いスパイラルを起こしやすい大きな問題だと思っています。
個人的な意見ですが、そういったボトルネックを解消するひとつの方法として、"師弟関係"が大事なんじゃないかと考えています。
矢野君、想像でモノ言ったらダメよ。てか嘘ついてるやん。
意外なワードが出ました。職人の世界のような言葉ですが、詳しく聞かせて下さい。
少し個人的なエピソードになりますが、私は総合代理店から前職のネット専業代理店へは、「ネット広告云々ではなくインターネットを活用してどうマーケティングするか」に挑戦したいという理由で転職しました。
ところが、実際には純広のメディプランをエクセルで作成して、CPCやCPAをシミュレーションする毎日で、「これは想像していたのと違う」と感じていました。正直「失敗した」とも思いました。
そんな悶々とした毎日を変えるきっかけになったのが、リスティング広告運用を通して行われた先輩とのやりとりです。とあるクライアントのアカウントを運用していたのですが、そのアカウントはブランドワードのキャンペーンの日予算にキャップ(実際のキャパシティより低い設定)をかけて運用していました。
日予算にキャップをかけるとクリック率によって毎日インプレッションが変動しますが、私はそんなこと知らなくて、前日よりインプレッションが増えていたので「世の中で話題になったからかな」などと想像しながら延々ネットサーフィンして原因を探りました。もちろん原因が見つかるわけがありません。
クライアントには「原因が何か特定できないですが、おそらく外部要因ですね」などと報告していました。報告内容を先輩に伝えると、当然怒られました。同時に検索ボリュームとインプレッション、クリック率と日予算の関係を教えてもらいました。そして言われました。「矢野君、想像でモノ言ったらダメよ。てか嘘ついてるやん。」
その日を境に、リスティング広告の研究が始まりました。立てた仮説に対して施策を実行して、同じ効率のままコンバージョン数が2倍になった時は痺れました。この頃にGoogleのリマーケティングがリリースされて、オーディエンスターゲティングが本格的にスタートするのですが、もう完全にハマりました。管理画面を見るのが楽しくて仕方なかったです。視界が拓けるような思いでした。
あの時、先輩が気付きを与えてくれなかったら、その後も事あるごとに付き合ってくれて意見をぶつけてくれなかったらと思うとゾッとします。師弟関係というとちょっと大袈裟なのかもしれませんが、そういういい師に巡り合えること、師が弟子に寄り添って面倒をしっかり見てあげることが大事だと考えています。
「データの罠」に騙されないように。
現在の運用型広告の現場で起きている課題は何だと思いますか?
先述の先輩には「データをちゃんと読め。嘘つかないから。」とも言われました。しかし、読む人によって、解釈の仕方によって、データは嘘をつくことがあります。これだけデータが氾濫している時代になると、データが持つ罠に騙されているケースが意外と多いんじゃないかと個人的には考えています。
代表的な例が、「ビュースルーサーチ」です。リスティング広告の場合、このバナーを見た人がこの検索をしたというのを計測する際にはそれぞれのキーワードや広告グループに対してデータを紐付けますが、キーワードのマッチタイプが部分一致のみの場合、実際の検索クエリが紐付けたキーワードで表示されているかどうかの保証はないので、ミスリードが起こることがあります。登録ワードはAなんだけど、クエリはCですといったようなケースは往々にしてよくあります。
具体的に言うと、バナーを見たユーザーがAというクエリで検索することを想定してアカウントには同じAというキーワードを設定するのですが、マッチタイプやアカウント構成、入札などの設定によって他の広告グループの別のキーワードがクエリAに対してトリガーになってしまい、バナーの効果分析をしたときにクエリが増えていないといった評価になってしまう(本当は増えているのに)というようなケースです。事実と分析結果が違ってしまうので、適切な判断ができなくなります。
弊社はディスプレイ広告のお仕事が多いので、例えばアトリビューション分析をする前提でディスプレイの設計をしましょうといった提案の場合、既にリスティング広告を運用されている他の企業さんにご協力をお願いするケースが多いのですが、ビュースルーサーチを分析するためにIDの紐付けをお願いしようとアカウントの内部を拝見すると、正直「これでは適切な分析ができないな」というカオスな構成になっていることが時折あります。
ですので、アトリビューションの提案なのに結果としてリスティング広告の改善提案をしてしまったこともありますね(笑)。優れたテクノロジーやアイデアは分析の土台がちゃんと設計されていないと絵に描いた餅になってしまいPDCAを回せないので、現場ではそうならないように気をつけています。
仰るとおりアトリビューションマネジメントではリスティング広告の改善に落ち着くケースが多いですね。
他にも、リターゲティング広告の設計やアクセス解析についても「データの罠」的な事例はあります。
例えばアクセス解析の話で言いますと、ブランドサイトとECサイトのドメインが違っていてブランドサイトがオーガニックで1位の検索順位だったとしたときに、クロスドメインの設定をしていなかったがために、ディスプレイのビュースルーサーチを測るとブランドサイトからの流入ばかりが増えたことになっていて、検索が考慮されていない、なんていうケースです。本当は外部の施策によって検索が増え、1位のブランドサイトへのオーガニック流入が増えた結果ECサイトのトラフィックが増えたのにも関わらず、それが外部施策の効果としてクレジットされないといった落とし穴ですね。
頭の中で設計図を描くようにしています。
そういった「データの罠」を回避するために心がけていることはありますか?
とにかく「仕組みを理解することが第一」だと思っています。利用するシステムやプラットフォームの仕組みを理解して、分析の土台づくりやアカウントの構成を整理することですね。
分析の土台づくりでは、頭の中で設計図を描くことを心がけています。これは以前に勤めていた総合広告代理店でのイベント・プロモーションをやっていたときの考え方が非常に役立っていまして、イベントの会場設営では「この配置だと渋滞が起きてしまう」「ここにトイレがないとダメだ」といった、会場全体を俯瞰して動線をイメージすることが大事なのですが、デジタルマーケティングでもこの考え方を応用して設計するようにしています。
つまり、アクセス解析であれば「このサイトであればユーザーはおそらくこう動くはずだけど、データ上ではこう表れてくるはず」とか、リスティング広告であれば「このニーズに対するキーワード群はこれだから、広告グループはこのレベルで分割しなきゃいけない」といったイメージをして、それに沿って設計するということです。新しいキャンペーンでも、実際のレポーティングや運用をイメージして、PDCAの「Check」と「Action」がスムーズに行える設計を心がけています。
なるほど。その他で、広告運用をする上で心がけていることはありますか?
運用と報告を連動させることも意識していることのひとつです。先ほどの「分析の土台づくり」とつながってくるのですが、しっかりとした土台が作れているということは、データの並びも分析軸ごとに揃っているということですので、あとはダウンロードして貼り付けるだけでレポートが完成します。
設計がしっかりしていれば集計のコストが減りますし人が見てすぐ分かる状態になっていますので、その後の分析や判断の速度・質を上げることができます。細かいところですが、ネーミングルールなども揃えておくことは必須ですね。運用はレポートは毎日のことですので。
あと、ご質問の意図と逸れますが、運用型広告は運用に落とし込めてこそ運用型なので、このあたりの機微は提案書では差別化できないと思うんですよね。提案書には基本的にいいことばかり書いてありますので、それが実際にできるのかを判断するようなコンペがあっても面白いんじゃないかと思っています。実際のデータが入ったダミーアカウントに対して、よーいドンで3時間以内に一番いい最適化案を出した会社を選定するとか。
部分最適が全体最適につながっていく。
運用型広告の今後についてはどのようにお考えでしょうか?
横断的にチャネルを分析して統合的なマーケティングをしようというのが最近の潮流ですが、一方で、リスティング広告はリスティング担当の代理店がリスティング広告として最適化されるよう設計していて、ディスプレイ広告はディスプレイ担当の代理店がディスプレイ広告として最適化していて、横串で分析しようにもなかなかできない状態になっていることが多いです。
ですので、すべての施策をワンストップで提供しようという流れが、規模に関わらず強くなっていくんじゃないかと考えていますし、そうなっていくべきだと思っています。
「部分最適」という言葉はネガティブな意味で使われることが多いですが、私は部分最適を突き詰めていけば「全体最適」につながっていくんじゃないかと考えています。個別最適から遡及的に全体へ影響していくというか、そんなイメージです。
今の「全体最適」の提案は、それぞれの部分に落ちていくと実行している人がそれぞれ別々で、実はトラッキングコードくらいしか連携していないってことが多いです。それだと全体最適は単なる理想であって、現実とは言えない。ぜんぶ一人でやるというのは現実的ではないかもしれませんが、横断的に見ようとすれば、限りなく実行者を一人に近づけていくのがいいんじゃないかと思っていますし、そういった人材が輩出されていかないといけないと思っています。
そのために、オムニバスの矢野としてやることは何ですか?
2つあると思っています。ひとつは先進的なもの。新しいものはこれからもどんどん取り入れていくこと。オムニバスもビデオDSPのTubeMogulと提携するなど、その動きを加速させるプレイヤーのひとつになれると思います。
もうひとつが、当たり前のことをちゃんとできるような体制づくり。これも同時に進めていきたいです。新しいものを導入したらしっぱなしでは意味がないので、現場が実行して検証して分析して…といったサイクルをしっかり回せるよう、ボトムアップで経験とノウハウを積み上げていくことが運用広告については特に大事だと思っています。新しいことと当たり前のこと、この両輪をしっかり意識して仕事をしていきます。
最後に、個人的にはアドテクの現場系飲み会をやりたいと思っています。普段はどうしても忙しくてモニターの前にかじりついているようなことも多いと思うのですが、変化が激しいタイミングで、最先端でそこに触れているはずの我々からボトムアップで業界を盛り上げていければと思いますので、ぜひそういった交流の場を作りたいと思います。ピンと来た方は、お気軽にメッセージ下さい!
株式会社オムニバス
http://e-omnibus.co.jp/
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