ディスプレイ広告についての記事やレポートを読むと、「Agency Trading Desk (エージェンシートレーディングデスク)」という単語に出くわすことが多いと思います。
この単語、語義から何となく意味が想像できそうな反面、結局どんなものなのかイマイチよく分からないという方は多いのではないでしょうか。私もDSP との違いがいまひとつ分からずもやもやとしていたところ、北米の広告事業者団体である ANA (Association of National Advertisers) が簡潔にまとまった資料を出してくれていました。
リンク(PDF): Agency_Trading_White_Paper.pdf
ANA のVPであるBill Duggan氏は、AdExchanger.com のインタビュー記事「ANA Exec Duggan Reviews Whitepaper For Marketers On Agency Trading Desks」の中で、" この資料を作ったきっかけは? " という質問に対して以下のように答えています。
What were the triggers for the ANA creating this white paper?
A member of our Board of Directors came to us in the summer and said, "What's ANA's perspective on agency trading desks?" And people like myself said, "What's an agency trading desk?"
So, I asked our Marketing Knowledge Center to do a little due diligence to see what we could find about agency trading desks, and we found a couple of articles that were somewhat inflammatory about agency trading desks.
Then we found this great link to a YouTube video where there was a moderator at a conference, and three panelists. The moderator said to the panelists, "What's your view of agency trading desks?" and all three said, "What? Huh? Um?"
Then, in the committees that I manage - over the course of a month and a half, five or six different committees - I asked the question, "Do you know what an agency trading desk is?" 80% of the audience did not. 10% did, but it was kind of fuzzy. Another 10% did, and had some more intimate knowledge.
Part of our first step was an education process, where we ran two committee meetings where the purpose was to invite in experts on agency trading desks to help educate us. Those people were recognized in the acknowledgments of the white paper.
----------------------------------
" この夏に、あるANAのメンバーから「ANA のエージェンシートレーディングデスクに対する展望は?」と問われて、「エージェンシートレーディングデスクって何?」と聞き返してしまいました。
これではまずいと思い、ANA のマーケティングナレッジセンターに調べてもらったところ、エージェンシートレーディングデスクに関するいささか扇動的な記事を見つけることができたのです。
その中には、あるカンファレンスでモデレーターが3人のパネリストに「エージェンシートレーディングデスクについてどう思う?」と質問したところ、パネリスト全員が「えっ、なにそれ?」と困惑しているYouTube のビデオも含まれていました。
私が運営しているいくつかの委員会でも「エージェンシートレーディングデスクを知っているかい?」と質問したところ、80% は何も知らず、10% は知っているが曖昧な理解で、残りの10% だけある程度理解している、という状態でした。
ANA がするべき最初のステップとして必要なのはエージェンシートレーディングデスクに関して知ることだと思い、専門家を招いて勉強会を開催し、この資料を作ることになったのです。 "
このインタビュー記事でも語られているとおり、エージェンシートレーディングデスクに関しては、北米でもまだまだ理解が進んでいる状態と言えません。ANA の作成した本資料は、エージェンシートレーディングデスクが生まれた背景も含めて簡潔にまとめられており、まずは全体を大づかみするには丁度よい文献だと思いますので、以下、雑な訳で恐縮ですが抄訳し紹介してみたいと思います。
エージェンシートレーディングデスクとは何か?
エージェンシートレーディングデスクには色々な定義があります。
フォレスターリサーチ社は、「エージェンシートレーディングデスクは、DSP やオーディエンスターゲット技術の上位レイヤーにあたり、入札ベースのメディアやオーディエンスの広告在庫を管理するシステムを広告会社内で集中的に運用する組織や機能の総称である」と定義しています。
その他にも、エージェンシートレーディングデスクは以下のように表現されることがあります。
メディアへのインパクト
エージェンシートレーディングデスクは、Google のDoubleClick Ad Exchange や、Yahoo! のRight Media Exchange をはじめとして、DSPを通じてRTB取引を供給するサプライヤーの動きに合わせるように、まずはオークションベースのAd Exchange に代表されるディスプレイ広告市場で最初に適用されました。一般的には、これらのサプライヤーによって売買が可能になった広告在庫は、アドネットワークにある種売れ残りとして渡していた広告在庫でした。
さらに、最近ではディスプレイ広告だけでなく、オンライン上のビデオ、モバイル、ソーシャルメディア、そして検索連動型広告も扱えるようになってきています。また、一部の事例としては、デジタルサイネージのようなOOH広告や、ネットTVのような媒体も扱うようなケースも出てきています。
どんなプレイヤーがいるのか
エージェンシートレーディングデスクには、大きく分けて、大手広告会社と独立系ベンダーの二種類に分かれます。ほとんど全ての大手広告会社はエージェンシートレーディングデスクを保有していて、それ以外に大手の傘下でないいくつかの独立系のベンダーが存在している、という感じです。
大手広告会社
独立系ベンダー
ちなみに、日本ではプラットフォームワン社の提供するMarketOne が代表的なところでしょうか。
なお、プラットフォームワン社は2011年4月にAdmeld社の「米国のRTB(リアルタイム・ビッディング)取引の現状と今後の展望について」というレポートを日本語訳したものをリリースしています。エージェンシートレーディングデスクを理解する上でも有用なレポートなので、併せてどうぞ。
USマーケットアップデート:アドメルド社提供「本格化するRTB取引」
(PDFはこちら)
エージェンシートレーディングデスクの起こり
北米では、2007年から2008年頃に以下のような理由からエージェンシートレーディングデスクが誕生したと考えられています。
デジタルメディアの配信や売買の業務は、伝統的なこれまでのメディアのそれと比べて3倍以上のコストがかかると言われており、広告代理店はデジタルメディアの隆盛に併せてより効果的で効率のよい方法を常に模索する必要があったこと。
新しい広告テクノロジーやターゲティングツールが普及するにつれ、広告代理店はデータを管理しターゲティングを可能にするプラットフォームに投資を続けてきたこと。また、オーディエンスターゲティングが一層自動化されたことによって、複雑なオペレーションにかかる業務負担が劇的に改善されたこと。
複雑なデジタルマーケティングの環境により、アドネットワークのような多くの中間プレイヤーが登場し、それらが恒常的に高いマージンを得ていたこと。広告代理店は介在価値を出すためにそれらをまとめつつ、再分配することでアドネットワークのマージンを代理店自身と広告主に還元する必要があったこと。
広告主と広告代理店は、無駄を削減しキャンペーンのパフォーマンスを向上させるためによりよい方法を常に模索していたこと。ちなみに、ある広告代理店のシニアエクゼクティブは「コンテンツターゲットは本質的に無駄である。この方式でターゲットされたユーザーの90%は広告主の製品を欲しがっていない」と言っているそうです。(それを言ったらほとんどの広告が…)
デジタルメディアのプランニングや売買は、複雑で、単純労働に多くの時間を割くことを強いられ、管理上の負担が非常に大きいものだったこと。ある広告代理店のエグゼクティブが「複雑な広告運用は社員を死に至らしめてしまう」と言っているように、デジタルマーケティングの運用負担はどの国でも深刻なようです。オーディエンスターゲティングはこれらの負担から代理店を解き放ち、データやテクノロジー、自動化は新しい才能を広告業界に呼び込むと言われています。
エージェンシートレーディングデスクのメリット
エージェンシートレーディングデスクは以下のような利益をもたらすと考えられます。
エージェンシートレーディングデスクは個々人にターゲットするシステムのため、従来のパッケージされたインプレッションと比べ、よりユーザーの興味関心に則した広告表示を可能にします。広告代理店はユーザーの行動様式を定義したリストを作成し、独自のアルゴリズムと入札機能を持つDSP を使ってリアルタイムにキャンペーンのパフォーマンスを最適化することができるようになります。
エージェンシートレーディングデスクは、キャンペーンの成果や効率に影響する要因が何なのか、オフラインキャンペーンがオンラインにどのような影響を与えるのか、といったデータの深い分析を可能にします。
エージェンシートレーディングデスクが大手広告会社のグループ傘下でのデジタルエージェンシーとして機能している場合、サードパーティ製のサービスを利用するよりサービスや機能の統合を推し進めることができます。広告代理店は個々のアドネットワークや広告媒体、DSPを通じて売買するよりも予算のコントロールがしやすくなり、一つのシステムにより多くの情報を入力することが可能になります。
エージェンシートレーディングデスクは、CPA、CPL(Cost per Lead)、低いCPMなどで、キャンペーンのより良いROIの実現を可能にします。
どうやって利潤を得るのか
エージェンシートレーディングデスクのビジネスモデルは広告会社によってまちまちです。しかしながら、多くは業務の対価としてのフィー(人件費など)、もしくはデータ分析やモデリング、システム利用料などの技術的なフィーとして計算されます。
WPP のXAXIS の例を取ると、エージェンシートレーディングデスクは純粋にメディアフィーの増加分として利益に加算されます。XAXIS はいくつかのメディアを自身のリスクを負って買い付け、広告主にプレミアムを付けて再販します。プレミアムの根拠として、より精緻なターゲティングをするための様々なデータを付加し、トレーディングデスクの持つフリークエンシーキャップやアトリビューションモデリングなどのテクノロジーで最適化することによって再販するインプレッションの価値を高めています。そうすることで、広告主も結果的にアドネットワーク経由で出稿するよりよいインプレッションを買うことができ、キャンペーンの効果が向上します。
ちなみに、XAXIS はこのビジネスモデルは透明性の確保のために広告主に提示するが、メディアから幾らで買い付けているかは、リアルタイム取引であるので提示が難しいことと、メディアパートナーとの契約により開示できないとしています。
エージェンシートレーディングデスクへの批判
エージェンシートレーディングデスクには以下のような批判があります。
# (カッコ)内は私のツッコミです。
広告主は時々エージェンシートレーディングデスクを通じてメディアを買い付けているという認識がない場合があって、広告代理店からの説明が充分ではないのではないか。
(ちなみに、この項目の根拠としてANA の会員が誰もエージェンシートレーディングデスクについて知らなかったから、と書いてあります。しかし、それは単なるキャッチアップ不足では…)
広告主の中には、我々は広告代理店にメディアの運用を委託しているのに、代理店内の運用のために使うエージェンシートレーディングデスクのフィーも重ねて払っているのは納得がいかないという懸念を示す意見がある。(このあたりは以前から検索連動型広告の自動入札ツールでも同じような話がありますね)
エージェンシートレーディングデスクは構造的にメディアの買い付けとメディアの販売の両方を演じている。(どんな企業でも仕入れて販売するのは同じでは…)
エージェンシートレーディングデスクは自らのリスクでメディアを買い付け、プレミアムを付けてから販売する場合が多いが、プレミアムの値付けはシンプルなマークアップ(一律に一定の率を掛け合わせる方法)なのは単なるメディアの値上げであり、この方式では広告代理店は真のクライアントエージェントになることはできないのではないか。(これは日本でもよく「フィーかコミッションか」という議論になる部分ですね)
大手広告代理店は、自社の傘下にあるエージェンシートレーディングデスクを利用するが、そのトレーディングデスクを利用するという決定は、自社の利益のためなのか、広告主のために最適な選択なのか、一体どっちなのだという疑問がある。(代理店傘下でないDSPを使ったほうが透明性が担保しやすいのではないかという意見ですね)
メディアの買い付けを値引きするためや、リベートを得るために、メディアにアドサーバーのような技術インフラを供与しているのではないか。(これは鶏か卵か、みたいな議論ですね。広告の配信管理を自前でしっかりできるメディアばかりとは限らないですし)
広告主はどうすべきか?
エージェンシートレーディングデスクは多くの利益をもたらす一方で、広告主は自社の予算がどのように使われ、どのプレイヤーにどう分配されているかをもっと知る必要があります。
広告会社(のエージェンシートレーディングデスク)も、独立系ベンダーも、それぞれ違ったビジネスを志向しています。エージェンシートレーディングデスクを通じて広告出稿をする広告主は、以下のようなステップを踏んでいくことが大事であると考えられます。
まとめ
ANA のエージェンシートレーディングデスクに関するレポートは、ANA が広告主の団体であるということもあって、広告主側からの視点に立って記述されている箇所が多く見られます。批判的な記述が含まれている理由の多くは情報不足から発生していると考えられますが、一方で広告代理店側は新しいモデルに対応し、複雑化するデジタルマーケティングのオペレーションをどのように効率化して利益を出していくかという部分に腐心しています。
各々の立場を尊重しながら、お互いにパートナーシップを深めていくことで、デジタルマーケティングの環境はより洗練を増していくのではないでしょうか。今後どういった流れになるのか、日本ではどうなのか、引き続きウォッチしていきたいと思います!
コメント